自分の心が微かに"何となく"焦り出す瞬間に気づいたら自分へ言う言葉がある。
「焦らんでいいよ」
「大丈夫」
根拠はない。
けど、ある。
根拠は、今までの自分。
「あれだけ急いで、あれだけ切羽詰まって、あれだけ必死に生きて、今どうよ?」
こんなにもわかりやすく結果が出てることなんてないから十分な根拠だと思ってる。
「何でこんなに生きづらいんだろう」と、自分の生き方や考え方に疑問をもったあと、焦り=恐怖だと気づいた。
「絶対こうしなきゃ」
「普通はこうするべき」
言葉ではない、無意識のなかに張り付いた恐怖と不安が、自動的にそう行動するよう脅迫してきてたし、それしか答えがなかったから何も疑問を持たずにそう動いてた。
それでしんどくなった結果があるのなら、恐怖で自分を追い立てるやり方は根本的な生きづらさを変えることにはならないということになる。
今は、自分にとってこの瞬間、安心する考え方を採用するようにしてる。
時間はかかったけど、今はかなりの確率で気づけるようになったし、自分を安心させる声掛けができるようになって、実際に安心できてる時間も多い。
心は透けてないから、誰も自分の心の状態がどうなっているかなんてわからない。
自分の気持ちを察して本当に安心させられる人は、誰でもなく自分だ。
焦らんでいいよ。ゆっくりでいい。
パッと変わったものはパッと元に戻るから、じんわりがいい。
大丈夫、大丈夫。
自分のペースを信じて。自分の「今」を信じて。
大丈夫、大丈夫。
あなたの全てを信じて大丈夫。
そう自分へ伝えながら、今日もゆっくり自分を歩いてる。
