ガクッと気持ちが落ちるたびにこう思う。
「もう2度と自分を手放すもんか。忘れるもんか。」
「自分って何だい?」って言われたら、本当の自分だとしか言えない。
「本当の自分って何だい?」って言われたら、
何も排除しない満ち足りた安心のエネルギー状態だとしか言えない。
これを愛だと言ったり、調和だと言ったり、人によっては神だとか源だとか言う。
言葉は何でもいい。ただそのエネルギー状態のことをみんな好きに呼んでる。
見えない感覚をスピリチュアルな浮ついた話にまとめる気はさらさらなくって、本当に自分のことを大事にして地に足をつけるために自分へ何度も言い聞かすし、そう行動するようにしてる。
「傷つけられた…」
「誰かに何とかしてもらいたい気分…」
こんなときは紛れもなく、自分のパワーを手放してるときだし本当の自分を忘れて離れて行ってる。
それ自体がダメなわけではないけど、それをやり続けてもしんどいだけなのが事実。
わたしはずーっとずーっとそれをやり続けてきた。
結果、な~~~~~んにも変わらなかった。ただただしんどかったし死にたくなった。
だから、今はやり方を変えてネガティブな体験・感覚をフル活用して、
ここから自分がどうなりたいか?だけを想像してる。
ネガティブな感覚を包括しながらも、
「もっと堂々と、凛としてる自分になりたい。」
「圧倒的に存在感のあるわたしになりたい。」
「ちゃーらーへっちゃらー♪で、へのへのかっぱ♪のわたしになるんだー。」
誰のためでもなく自分のためにそう願いながら、本当の自分らしく在れるように舵を切り続けてる。
ネガティブな場所で無力と憎しみを嘆いていても、わたしはずっと苦しいだけ。
わたしはもう自分を苦しませたくなくて、もうその感覚に辟易してる。
自死ではない他の方法で自分のことをとんでもなく楽にできることをもう知ってる。
自分の"本当"としっかり繋がりながら進む。
落ち込みも傷つきも、本当は全部自分のパワーで創造してる。
どこまで逃げても自分の本当のパワーとデカさからは逃げられない。
全部、全部、本当のわたしに戻るために起こってる。
落ち込んだときこそ全てを使って自分と繋がり続けて、何が起こるか観てみるんだ。