~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

何を信じていいかわからないときこそ、自分を信じてみよう。

何を信じていいかわからないときこそ、自分を信じてみよう。

 

それは【できること】などの目に見える能力的なことではなくて、

どちらかというと見えない感覚的なことに対してだ。

 

『なにかがおかしい…』

『どうしてこういうことになるんだろう?』

 

そういうきっかけがあったとき、大事なのは自分で情報を探すことだと思うけど、

そこで大事なのは、情報に依存するより本来の自分を信頼すること。

 

たくさんの情報があふれるなか、自分にとって都合のいい情報は、一時的に安心感や希望・期待をもたらしたりするかもしれない。

 

でも、その情報に依存しているということは『こっちが正解』・『誰かが何とかしてくれる』と思っているときでもあって、思考停止・無力感を感じている状態でもあることに気づけたらいい。

 

①【全てがあるからこそ豊かである】

②【自分たち1人ひとりにこそ変える力がある】

 

特に①の視点は、自分たちがキレイさっぱり忘れてきていることでもあるから、人間バイアスがかかって善悪で処理をしてしまい、到底そうは思えないことも多いとは思う。

でも①②を忘れたままだと、自分が望まない体験を自らの現実へ呼び込むことになる。

 

哺乳類は正解だけど、爬虫類は間違っている。

〇〇党は正解だけど、△△党は間違っている。

 

間違っているものを排除すれば良くなる。

間違っているものを正せば良くなる。

 

この思考があるかぎり、ずっと何かと戦わなくてはいけない現実を創造して体験する。

自分の内側が変わらないまま、外側だけを一時的に変えても、また同じことが起こる。

 

何を信じていいかわからずに混乱してしまうのは、

見えていること(外側)と、見えないこと(内側)とのバランスがとれていないからだ。(とれていないことが悪いという話ではないよ)

 

政党が変われば!今の首相が辞めたら!DSがいなくなれば!etc... 

みんなが国の言うことに従えば!みんなが打てば!みんなが口あてをすれば!etc...

 

そうやって、1人ひとりが1つの正解を握りしめて豊かさを手放し、

1人ひとりが誰かのせいにすることで自分の力を手放し、

外側が変わることでのみ自分の都合のいい方向へ変化していくと信じている間は、決して何も変わらない。

 

何かが排除されることで平和になると信じている間は、決して平和にはならない。

 

自分の内側が憎しみと焦りで平和ではないのに、一体どうやって平和になれるだろう。

コントロールをしようとするから、戦争もアンバランスな世界も生まれる。

 

望む方向へ変化のスピードを加速したいのであれば、自分の内側を変えるしかない。

自分こそが、自分の体験する現実を選んでいるのだと認めるしかない。

 

何かを疑問に思えたとき、安易に外側へ依存をするのではなく、

自分の感覚を信頼して、全ての豊かさと自分のパワーを認めよう。

 

一見とても地味だけど、それが本来の自分を思い出していくステップになるし、

ゆっくり大きく変わっていったものは崩れにくくなって、結果的に変化も速い。

 

急がば回れ

 

本来の自分を思い出せたら、

外側のことで一喜一憂することなく、静かな気持ちで全ての豊かさを味わえるよ。

望んでいたら必ず思い出せるから、今こそ自分を諦めずに、自分を信じていこう。

 

明鏡止水って好きだ