~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

本当の自分のはじまり

<高齢者>

「(接種会場でスムーズな誘導を受け)気持ちよく受けることができました。」

「(接種が終わり)ホッとした。ようやく解放された感じ。」

「これでまた長生きしちゃうね。」

 

<団地に住む高齢者の接種予約を代行している大学生>

「ありがとうと言われるのは素直に嬉しいですね。」

 

昨日、夕方のニュースで異世界物語を静かに観劇した。

 

『ふーん』

 

何から解放されたのかはよくわからないけど、箱の中の人たちはみんな笑顔。

 

魔法の注射のおかげで、

特殊なたんぱく質が作られる特殊な身体になったことを大いに喜んでいるんだろう。

 なんて腹黒い感想はいくらでも言えるけど、観てるあいだはこう思ってた。

 

『知らないんだろうな。』

『きっと知らないまま選んだ人がほとんどなんだろうな。』

 

選んだ結果に良いも悪いもない。

けど、知ったうえで選んだのか知らないまま選んだのかじゃ雲泥の差。

 

何かあっても製薬会社は責任をとらないと言っているわけで、

国もうわべで救済は語るが動く気など毛頭ない。

 

結局はこう言われる。

 

「あなたが同意をして、あなたが自分で決めたことでしょう?」

「ワクチソとは関係がありません。機能性身体障害です。」 

 

1つの選択肢しか与えずにすこぶる煽って、すこぶる圧をかけて、

恐怖で人を動かして目的を果たせば任務は終了。後は知らんぷり。

 

やれアメリカは敵だ、国のために死ねないやつは非国民だと追い立てて、

さぁ戦争が終わったとなった瞬間に特攻隊やその家族を貶め、墨で消してさようなら。

現実は全く違うのに夢だけを描かせて他国へ開拓団を送ればそのあとは知らんぷり。

 

やってることがいつの時代も一緒。

おなじみのプロパガンダ劇場。

 

そのやり方を今更どうこう言うつもりはない。

相手が『こうします』と決めたことが あるだけ だから勝手にすればいい。

 

『こうします』ってわたしたちもひとり1人が勝手に決められるんだもの。

ひとり1人が決めたらいい。イヤだったらイヤだって言えばいい。

 

『戦争には行きません』

『治験中のワクチソは打ちません』

 

国のため。みんなのため。って言いながら身体が変えられても、勇敢に死んでも、

そそのかした側は何もしないよ。誰も責任なんてとらないよ。

いつだって決めたあなたのせい。

 

でも気づかなきゃ、知らなきゃ、いつまで経っても自分で決めた つもり なだけ。

 

あらゆる可能性を知った上で選んでいたら覚悟ができる。全てにおいてね。

決めた物事にも、自分の人生にも。

そこが雲泥の差。

 

選んだ結果じゃない。過程のほうが大事。

 

自分を生きる権利を守れるのはいつだって自分だけだよ。

それを知ることが本当の自分のはじまりなんだから。

 

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