~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

知ったからこそ変えられる

【状態を理解した上で巻き込まれないようにする】

 

ここ最近、こういう話しかしていない氣がするな。笑

 

でもまァ、大切だと思うんだよ。

 

なぜなら、これから先はこの俯瞰の視点がとても重要な時代だと感じるから。

 

自分が一体どんな信念をもっていて、

いつもどんな思考をしていて、

実際どんな風に行動をしているのか?

 

自分のことを責めちゃう場合も、

周りのことを責めちゃう場合も、

その出来事の裏には必ず【こうあるべき】や【こうすべき】といった信念がある。

 

自分はそういう信念をいつの間にか持っていて、

それで自分自身をジャッジしているんだな。と、まずはしっかり認識をする。

 

これが、自分の状態を "自分で" 理解することだ。

 

その上で、自分はどうしたいかを決める。

 

自分を責めちゃうこと自体が悪いとは言わない。

 

でも、毎回毎回、自分のことを責めすぎて辛い。苦しい。

それがいやなら、

その状態に巻き込まれないようにするためにはどうしたらいいだろう?

 

この視点が、解決の視点だ。

 

自分にとって不要な信念や思い込みがあるなら手放す。

手放したと思ってもまた必ず出てくるから、それも手放す。

試行錯誤をしながら新しいやり方を何度も何度も試す勇敢な自分を許す。

 

こうやって自分の状態を意識的に理解していけば、

時間はかかるけれど状態は必ず変わっていく。

 

でね、

これは社会でも通じることだと思うから尚更に重要だと感じているの。

 

【状態を理解した上で巻き込まれないようにする】

 

どんなことが起こっているかわからなければ、対処のしようがない。

血は出ているけれど、傷の場所がわからないなら手当のしようがない。

 

情報戦とも言われるこの時代にコレが正しい情報なんていうのはわからない。

けれど、生まれたての赤ちゃんでもない限り、

今までの流れを体験している人たちは何となく感じる違和感や疑問があるはず。

 

『なぜ?』『どうして?』『何のために?』『それにどんな意味があるの?』

 

子どもの頃にはたくさん感じていたような素朴な疑問も、

 

『そういうもんだから』『しょうがないでしょう』『元々決まっている』

 

なんて言われて諦めてきちゃった。

無理矢理でもそれを受け入れないと生きて来られなかったからね。

 

でも、今は世界まるごと大きな転換点であると同時に疑問をもつ人も増えてきている。

 

あの時、

疑問を持ちながらも社会のシステムに馴染もうとたくさん頑張ってきた大人たちは、

これからこの世界を生きていく子どもたちの『なぜ?』にどう答えるかな?

 

わたしは正解は答えられない。

けれど、子どもたちの純粋で素朴な疑問を自分の疑問として一緒に考えると思う。

自分でもやっているけれど、子どもたちとも可能性の点をたくさん考えて、

その可能性が高い道筋を意識的に理解してみようとすると思う。

 

その上で、

今後起こりそうな道筋が自分にとってしっくりこなさそうなら、自分で心地よくする。

自分で可能性を増やしてみたり、自分から変えられるよ。って提案をする。

 

状態がわからないまま『そういうもんだから』と自分に言い聞かせながら進んできて、

自分らしく生きられて笑顔でハッピー!なんて、なかなかないよね。苦笑

 

『そういうもんだから。…っていつから思ってたっけ??』

 

ひとり1人が今の状態を冷静に理解しようとした上で、

この状態が今後続くことがいやだと思うなら、巻き込まれない対策を講じる。

 

それは誰かを批判したり憎んだりすることではないし、

受け身のまま高次元の存在が地球を幸せにしてくれる♡って縋ることでもないのね。

 

自分のこと、自分の生きている社会のこと、それをちゃんと知ろうとすること。

 

寄り道もたくさんするし時間もかかるけれど、

疑問→認識→理解→解決を繰り返す。

 

この俯瞰した視点を増やさない限り、

自分を心地よい状態にすることも、

自分の生きている社会を心地よい状態にすることもできない。

それを知ってほしい。

 

本当は、いつだって俯瞰の視点を使うことができる本来の自分がいる。

それを思い出そう。

 

知ったうえで笑おうよ。

知ったからこそ、変えられる。

 

それを知ったんだから。

 

f:id:funfunhappiness:20200519222728j:plain