~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

チロリアン

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「お。 おはよう。今日もいい天気だね。調子もよさそうだな。」

 

「おはよう。よく晴れたし、ここは風も通って気持ちがいいな。調子はその通り。今日はもう誰かと話した?」

 

「この前の男性とは違う男性と話をしたよ。」

 

「早朝から人がいたの?」

 

「昨日の晩からベンチで寝ていたんだよ。夜から話はしていたけどね。」

 

「もしかして帽子のおじさん?」

 

「ああ、繁の言っていた帽子のおじさんは彼か。」

 

チロリアンハットみたいな帽子だったでしょ?黒縁のメガネをかけてちょっと小太りの。」

 

「その帽子を枕にして寝ていたよ。」

 

「そっか。やっと話にきたんだな。チロリアンは悩んでた?あ、チロリアンってそのおじさんのあだ名ね。特徴がそれぐらいしかなくて。他に何かいいあだ名あるかな?」

 

「まもる。」

 

「え?」

 

「帽子のおじさんの名前はまもるだったよ。御守りの"まもる"って漢字があるでしょう。その漢字で守。」

 

「へー。チロリアンは守だったのか。ずっとチロリアンって呼んでたから、全然しっくりこないな。あーほら、外国人が自分の名前を漢字にして印鑑に彫ってお土産にするみたいな、あんなとってつけた感がすごいわ。」

 

「はは。まさか守も自分の別名がチロリアンだとは思っていないだろうから、どっちもどっちだな。」

 

「まーね。で、やっぱり悩んでた?」

 

「いいや。」

 

「うそ?だってこの前、泣いてたのに。茶色のハンカチでずーっと涙拭きながらさ。」

 

「繁も話してみたらよかったのに。」

 

「聞こえねーもん。」

 

「聞くんじゃなくて感じるだけで聞こえるでしょうに。」

 

「そうは思うんだけどね、こんな具合に上手くはいかないんだよね。」

 

「受け取るのがこわい?」

 

「ん?」

 

「守の悲しみを受け取るのがこわかった?」

 

「別にそんなんじゃないよ。だって見ただけで十分悲しみは伝わるし。」

 

「そうかね?」

 

「なんで?」

 

「悲しいって感じたんじゃなくて思っただけなんじゃないの?」

 

「まぁ、泣いてたしね。そうなんじゃないかなって普通思うじゃん。」

 

「そこから聞いてみたら結果が違ったかもよ。」

 

「別にチロリアンにそんな興味ないし。いつも見る帽子のおじさんだしな。」

 

「あだ名までつけて守の悩みまで気になるのに、興味がないとは思えないがね。」

 

「だよな。おれもそう思うわ。」

 

「こうやってわたしと話しているのは楽しいかい?」

 

「まーね。静かな音しかしないし、揺れていないから落ち着くよ。」

 

「揺れはこわい?」

 

「こわいのかな。そういうふうに思ってるわけじゃないんだけどな。」

 

「守の音ではなく、繁の音で聞こえなくなっていたらどうする?」

 

「え?おれの音?」

 

「守は今朝も泣いていたんだよ。」

 

「朝から泣くなんてよっぽど… あ、でも悩んでないって言ってたな。」

 

「うん。太陽を見て、自分の身体を見て、今日も生きているって泣いてたよ。」

 

「嬉しくて泣いていたのか。ということは、おれが見た時に泣いていたチロリアンもそうだったってこと?」

 

「そういうこと。」

 

「でもあの真っ昼間から茶色のハンカチで目頭を押さえちゃってさ、天を仰ぎ見ては泣き続けるんだぞ?てっきり大切な人が死んじゃったのかとすら思うじゃん。」

 

「君を見て泣いていたんだよ。」

 

「???。おれ?」

 

「そう。繁がわたしと話をしていることに感動をして泣いていたら、今度は泣いている自分に心配をしはじめたもんだから余計に涙が止まらなかったって。」

 

チロリアンは揺れていなかったってこと?」

 

「揺れないものは何一つないんだよ。繁。」

 

「でも君は揺れていないじゃないか。」

 

「揺れを変換しているだけだよ。」

 

「変換?」

 

「例えば君の恐怖を感じ取っても、わたしは相反するエネルギーで相殺している。」

 

「おれはこわがっていたのか?」

 

「繁がっていうより、誰かがこわがっている声を無意識で聞いてこわがっていたね。」

 

「あれか。お化け屋敷の列に並んでいたら、屋敷のなかからキャー!とか悲鳴が聞こえてきて、まだ中に入ってもいないのに怖くなってきて勝手にどうしようって困るあれ。」

 

「ははは。繁の例えは面白いね。わたしは入ったことがないけれど、そんな感じだね。」

 

「君がお化け屋敷に入った経験があるほうがよほどホラーだよ。」

 

「身長オーバーだから?」

 

「そういう次元じゃないホラーね。わかっているくせに。」

 

「笑」

 

「今度チロリアンを見かけたら聞いてみようかな。」

 

「守は繁と似ていておしゃべり上手だよ。」

 

「そんな風には全然見えない…。」

 

「それって最近植樹された子にも言われてなかったっけ?」

 

「おかげさまで。急に話しかけられて驚いたってさ。」

 

「まぁわたしも最初はそうだったけどね。」

 

「ひどいな。身長が190近いモヒカン刈りでも、病気の子猫は拾って愛情をもって育てるし、誰とでも話すさ。ちなみに、足のサイズは24.5㌢で可愛いポイントだぞ。」

 

「あの時の子猫はアテルイというんだね。」

 

「昔のバンド名だよ。かっこいいだろう。」

 

「…。アテルイがトイレをきれいにしてほしいとさ。」

 

「げ!そうだった。あとで片付けようと思ったまま忘れてたわ。さんきゅ。」

 

「ここにいるわたしたちだけじゃなく、他の声も意識的に聞いてごらん。繁はもう十分にバランスがとれる。」

 

「おう。そうしてみるよ。悲しんでるやつがいようが憎んでるやつがいようが、全部まとめて面倒みてやる。まぁ、実際に面倒をみるのはおれ自身なんだけどな。」

 

「それが伝播するさ。静かさだって伝播する。」

 

「だな。じゃまたな。」

 

「またね。」

 

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