~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

そこから歩き出すパワーに変える

ここ最近のわたし話まとめ。

 

・とあるシーンで見捨てられ不安のスイッチが急に入って号泣。ビビった。

・本を7冊買った。(破・常識屋出版さんの6冊と誠信書房さんのプロパガンダ本)

・長く使っていたマウスが壊れ、また同じマウスを買ったら1週間も経たずに壊れた。

・また瓦に落書きしようと思って準備中。(できあがるかは未定)

・下っ腹を引っ込めようと体操を試みるも数秒足らず動かしただけで満足している。

 

くだらなくも面白いことが毎日なにかしらあるんだけど、1つ1つを書く気がしないと放っておいたら溜まってしまったので放出&デトックス。その中でも、急にスイッチが入った今回の見捨てられ不安についてまとめておこうと思う。

 

今までも両親が1日出かけて家を留守にすることは何度となくあったのだけど、今回だけはなぜかスイッチが入ってしまってすごく不安になった。

 

頭の中ではわかってるんだけどね。『何も不安になるようなことじゃないよー』って。

けど、無意識のほうに沈んでる恐怖がこうやってたま~に噴出すると感情が溢れて止まらなくなってしまう。

 

4~5歳の頃からすでにそういう恐怖があったのを今の自分は自覚できている。

母の前では平気な顔をして見送ったものの、預けられた祖父母宅で夜、もう我慢ができなくなりこの世の終わりなんじゃないかってぐらいにギャン泣きしたのを覚えている。

 

「明日にはお母さんは帰ってくるから。」

「そんなに泣かなくてもいいがね…。」

 

投げかけられる言葉の意味もわかるし、祖父母を困らせたり怒らせるようなこともしたくないけど、どうしようもないぐらい涙が止まらなかったことを今でも覚えている。

 

翌日母に会った時のことは逆に覚えていないけど、何事もなかったかのように振る舞っていたのだと思う。母は祖母からわたしがギャン泣きしていたことをあとから伝えられたって話もここ最近聞いたばかりだった。

 

正直、こういうデカい無意識の恐怖ってわかっていても急にくるからどうしようもなくて、今わたしが考える唯一できることは『噛みしめる』ことかなって思ってる。

 

当時、我慢して隠して出さなかった感情に似たシーンがきたら、思いっきり噛みしめて認めて抱きしめる。

 

今回だったら、両親が出て行ったあとに思いっきりビービー泣いたし、何なら1時間ぐらいずっと不安の表情で固まってしまった顔を『あらら。なるほど。こんなに不安なのね。』ってまじまじと自分の顔を眺めてみたりしていた。

 

正直、頭では『大のおとながなぜこんなにも不安になるかねぇ?』とか思っちゃうんだけど、『しょうがない。だってなぜか今すごく不安になんだ。もう感じきってやるー!』って開き直って受け止めてデトックスするのに専念する。

 

そして、帰ってきた母へも「自分でもビックリしたんだけど、見捨てられ不安的なスイッチが入って不安でめっちゃ泣いたんだよー。」って素直に話したら、母が「大丈夫だよ。」って言ってくれて、また涙が止まらなくて忙しかった。でもこれ、子どもの頃にはできなかったことだから素直に嬉しいし、小さいけど "できた" ことの1つになる。

 

自分でも『なんでこうなっちゃうかなぁ…。もう自分に疲れるわぁ~…。』って悔しくなったりキツくなることも多いんだけど、今の自分がそうなることは事実だからそれはもう認めていって、今自分にできることを1つ1つやりながら、どんな自分も『そうかそうか。これも自分か~。』ってまるっとOKしていけば、何か見えてくることもあるんじゃないかなって今はそう思うしかないし、それを自分に期待してる。

 

揺れて揺さぶられて、でも幹は折れずにしなやかに。柳もビックリの柔軟な強さをゆっくりゆっくり創っていきたい。

 

そうだ。新しいマウスは数日後に届くよ!今度は長く使えるといいなー。

ショックはショックでしっかりと悲しんで、そこから歩き出すパワーに変える。これも練習だね。きっと。

 

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