この記事はフィクションです。
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世界的に有名なシェフが運営するレストラン。
噂では聞いていたけれど、外から見るだけでも相当客が多いように見える。
行列まではないが、なんといっても夕飯時。席は空いているだろうか。
【KITCHEN🍴MOON SHOT】
そう書かれた扉に手をかけてそろりと開ける。
1歩店内へ入ると不思議なBGMだけが脳に響く。
これだけ人がいるのに声がさほど聞こえないのはなぜなのか。
異世界へ来たかのように店内を見渡していると給仕人と目が合った。
「いらっしゃいませ。御一人様ですか?
… かしこまりました。御席まで御案内致します。」
混み合う店内も何のその、
ひっそりと空いていた奥のテーブルへと速やかに案内される。
到着した席の隣のテーブルには【予約席】と書かれている。
きっとそのうち人が来るのだろう。
聞き慣れないBGMが流れる店の雰囲気に圧倒され、
少し緊張した面持ちで着席をしたが、
自分だけのスペースを確保できればこっちのものだ。
しかも、有り難いことにここのレストランは出てくる料理も価格も決まっている。
料理に疎い人間が、
メニューに載っている意味不明のカタカナを解読する必要がなく、
シェフ一押しの料理がコースのように数品出てくるので待っておけばいいシステムだ。
「少々お待ちください。」
と言われ待ち時間を満喫しようと、
店内に複数設置された目新しい三角のスピーカーをじっくり鑑賞しようと思った矢先、
間髪入れずに最初の料理が運ばれてきた。
「え!もう?早いですね。」
「御来店いただいた時から既に厨房で準備をさせていただきましたので。」
どうやら最初から見られていたようだ。
周りをきょろきょろとしながら入店した自分の姿が脳裏を過ぎる。
ここは堂々としておこうと田舎の人間の底力を発揮してみるが、
時すでに遅しだろう。
焦りが滲むふやけた笑顔で感謝を伝え、規則正しい形の料理を食べ始める。
食べられないことはない味だが、
『見た目に反して何だかゴチャゴチャしている味だな。』とか、
『この色はともかく、この奇抜な色は一体どうやって出しているんだろうか…。』
などとは口が裂けても言えない。
そう、ここは世界的に有名なシェフが考案した料理を食べられるレストラン。
そのすごさを感じ取れない自分の舌に罪があるのであって、料理に罪はない。
そう静かに自分の舌を罰しながら食べ進めていた最中、事件は起きた。
数品食べたのち、
明らかにおかしい料理が運ばれてきた。
それは凄まじい異臭を放ちながら目の前に登場した。
さらに自分の苦手な食材らしき形のものも添えられていることに気づき、
嫌でも一気に防御力が上がる。
臭いのインパクトと見た目の残念さに一瞬たじろぐも冷静を装って切り返す。
「えと…あの、これはなんていう料理ですか?」
「世界的にブームを起こしているクチンというお料理です。
匂いは強いですが、健康によいとお客様からのリクエストが多い一品です。」
「健康?何に効くんですか?」
「肌に自信がもてるようになったとおっしゃるお客様が多いですね。
どこへ出かけるにしても人から肌を褒められ、よく見られるので嬉しいと。」
「はぁ。それにしてもひど…いや、すごい臭いですね。
健康にいいのはよくわかりましたが、苦手な物が入っているのでこれは遠慮します。
せっかく作っていただいたのに申し訳ないですが、
こちらは下げていただいて次の料理をお願いします。」
「お客様、大変申し訳ございませんが、
こちらはシェフが味の手順を熟考したコースとなっておりますので、
次の料理の仕上げにも関わるクチンからまずはお召し上がりください。」
「うーん。シェフのこだわりはわかりますがちょっと、これは…。
先にクチンのような料理が出てくるとわかっていれば、
他の料理に変えてほしい。とも伝えられましたが、
こちらでは全てお任せで出てきますし。…」
などと目の前にある臭いを早く断ち切りたい一心でお願いをしていると、
隣の予約席にこれまたウッとなる香水を漂わせながら2人の女性が案内されてきた。
その女性たちはこちらのテーブルを見るや否や、
「え?やば!これクチンじゃね?めっちゃテンションあがるんですけど!w」
「やば!まじっ!?クチンとか映えじゃん!wやっぱ早めに予約しててよかったね!」
などと周りへ聞こえるぐらいに喜びを横でぶちまけはじめたことで、
こちらは瞬時に思いっきり崖っぷちへと追い込まれた。
さらにこれ幸いと隣で立っている給仕人はその2人と目を合わせ、
「いらっしゃいませ。お客様にも後ほどお持ちしますね。」
などと言いにこにこしているのだからたまらない。
四面楚歌というよりは二面楚歌ぐらいだけれど、
苦手なものは苦手。無理なものは、無理。
「すみません。
人気の料理なのでしょうが、わたしは苦手なので無理です。食べられません。」
そう言った瞬間、
完璧な四面楚歌が店内にて瞬時に整えられた。
あちらのテーブル、
こちらのテーブルから、BGMを劈く言葉が投げられる。
「あの有名で素晴らしいシェフが作った料理を断るなんて頭がおかしいのね。」
「料理の素晴らしさをわかっていないやつが全てを台無しにする。」
「みんな食べているのになぜ食べないの?マナーも知らないのね。」
飛んでくる声に混じって視界に光が揺れる。
なにかと思ってその光を見ると、
こちらにスマホのカメラが向けられているのがわかった。
「はーい皆~。こいつがマナーを守れないやつね。顔晒しとくから特定よろしくー。」
「まじ、さっさと狩られろ。」
クチンを見て喜びに沸いていた時の目とは打って変わり、
憎しみと憤りの炎が目の奥でゆらゆらとしている据えた目がこちらを睨む。
それは周りの客とて給仕人とて全て同じだった。
「ごちそうさまでした。」
周りの空気を払うように真っ直ぐ席から立ち、
目の高さが同じになった給仕人へ料理のお代を渡す。
給仕人は紙幣を一瞥するや、目を瞑って鼻で笑った。
「やはり、まだキャッシュをお持ちのお客様でしたか。」
わざと周囲に聞こえる声につられ、客達の嘲笑がBGMにのって漂う。
「はい。残念ながら皆さんのようにわたしは肌のスキンケアをしていないので。」
チッとは聞こえないが、その顔を残し給仕人が続ける。
「ええ、そのようですね。
今回は致し方ないですが、次回は店もキャッシュもご利用いただけませんので。」
「はぁ。そうですか。
それは願ったり叶ったりです。では。」
奥にありつつも目立った席をあとにし、
鋭い視線とやたら静かなBGMに見送られながら店を出た。
店の扉が閉まった途端、急に雨の音が聞こえてくる。
しかもかなりの大粒。
『店にいた時は何もきこえなかったのに。』
待っていても止みそうにない雨粒の勢いをみて駐車場まで走ることにした。
足元でビシャビシャと跳ね上がる水のように地面を跳ね、暗い駐車場を駆け抜ける。
車のドアをあけ運転席へと滑り込むも、
地肌を濡らした雫がぽたぽたと顔に垂れてきた。
気休めのハンドタオルをバッグから取り出して顔にワイパーをかけ、
しばしその視線の先にある先ほどの店を眺めた。
『変な店。』
そう思ったのは店内での出来事があったからではなく、
しばらく眺めていても扉から一切人が出てこないことにあった。
入る人はいるのに、出てはこない。
あれだけ客がいて席数もギリギリだったから既に容量オーバーじゃないのか?
なんて考えているうちに雨の勢いが少しおさまってきた。
せっかくの夕飯があれじゃ残念すぎる。
そうだ。
家でもう一度食べ直そう。
家では異臭のしないデータを使わなくちゃね。
カートリッジの残りまだあったかな?
(♪)
「帰るまでにカートリッジの補充をしといて。」
(♪)
「かしこまりました。」
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