今まで慣れ親しんできた視点。当たり前の世界。普通の見方。
どれだけ無意識の底に沈んでいたんだろう?と思うぐらい、
無意識に力強く握りしめていた『前提』が崩れ始めると人はどうなるか?
衝撃、涙、吐き気、歓喜、焦り、脱力感、放心状態。
なんともカオスだが、わたしの正解はこうだった。
何が起こったかというと、
『正解はない』という視点を、本を読んでいて強烈に体感したのだ。
とても感覚的な話なので読む際はエネルギーで是非感じ取ってほしい。
言葉ではよく聞く『正解はない』という言葉。
わかっていた気でいたし、今もわかった気になっているかもしれない。
けれど、
『その視点からだと本当の ”正解” などなく、むしろ全部正解だ…。』
と、今回は腹の底から認めざるを得なくなってしまった。
先日書いた、大きなエネルギーとも内容が通じるかもしれない。
funfunhappiness.hatenablog.com
問題のバイブレーションと解決のバイブレーションは違う。
悩んでいる次元で考え続けても、なかなか良いアイディアは浮かばない。
ただ、
自分にとって ”問題だとなんとなくわかっていて解決したつもりだった” けれど、
実は思いっきり握りしめて支えにしていた杖を指さされ、
『ということはさ、コレ(杖)なくても大丈夫だよね?♡』
と、隠していた ”安心安全♪言い訳の杖” を炙り出されて突きつけられた結果、
納得しつつも杖のない慣れない状態に困惑したのだ。
こんなにも容赦がなくて、こんなにも全てがOKなのかと圧倒される。
そのあいだで右往左往しつつ、安心もしつつ、でも放心状態になるわたし。
視点が増える → 解放される → 言い訳ができなくなる → めっちゃこわーい。笑
この繰り返しが最近のわたし。
だからといって、
言い訳ができないんだから努力しなきゃ!という意味ではなく、
『やろうと思った時にいつでもできる。なぜならこう確信しているから。』
と、自分だけの正解を発見して積み重ねていくと、
実際に動くときにものすごく楽になるのだ。
そのための知識は、残念ながら慣れ親しんだものの中らからは出てこない。
『そんなわけはない』
という枠をこえたところに常にあって、それは必ずわたしを楽にしてきた。
その体験の積み重ねがあるからこそ、
自分のやっていることを信じられてくるし、次もやってみようと思える。
今、杖の存在に気づけてよかったよ。
まだたくさん隠し持っていると思うし、気づいただけじゃ消えないし。笑
杖が良いとか悪いとかの ”正解” ではなく、
これからも自分だけの ”正解” を信じて見つけていきたいと思った。
先日、図書館で本を借りる際にもらった小さな冊子。
1枚めくるとそこに書いてあったのは、
『すべては、いま、ここから。』
いい言葉だね。