久しぶりにちょっと風邪の話。
さすがに色々なことがおかしいと気づいてきた人、そうではない人、すでにどうでもいい人、今も色々な人がいると思う。そして、それでいいと思う。
1つのことだけを鵜吞みにせず、疑問をもって多角的に知り、選択肢を自分に与えたなかで自分がどうしたいかを自分で決める。これは何も風邪だけに限った話ではなくて、生き方そのものの話でもあると思う。
自分で決めたことが良いとか悪いとかではなく、自分で決めるということが自分にとって"優しい"生き方だ。そして、他人と全てに対しても。
正解は人それぞれなのだと本気で理解ができたら、もはや恐怖や他人軸で動くことはなくなり、人に対してコントロールする無意味さもわかる。
『なるほど、あなたはそう考えるのですね。わたしはこう考えます。』
という違いだけの話になれないのは、誰かの正解のなかに自分を押し込めたり、自分の正解のなかに他人を入れようとコントロールするからで、戦争はそのわかりやすい末路だ。
今、目の前の現状に混乱することなく冷静に自分で考えて動いている人は、これから先も冷静さを失わず、誰かのコントロール下に無意識で入ることもない。
なぜなら自分が自分を観ることができているから。
人の目からでもなく誰かへの依存からでもなく、自分を信頼している人たちは、目の前の人の決定も尊重できる。それはそれは本気で。
これからは自分たち(意識エネルギー)の大きさを知る時代になっていくと思う。
自分たちを超えるような大きな恐怖なんて本当は何もないのだと安心できると思う。
上の2行の意味なんか分からなくていいし、不思議話に聞こえていい。でも、わたしは本気でそう思ってる。
風邪という出来事も全て、自分を知るチャンスにしかならない。
自分と意見の違う人たちをコントロールできない!と怒ったり怖がったりしているのはダメじゃないけど、もったいないし意味がない。
せっかくなら自分への信頼を高める絶好のチャンスにしよう。
そのほうがよほど自分を知れるし面白い使い道だと思うよ。