ご縁に感謝します^^
わたしは現在、実家にいます。
ひきこもりというタイミングにある人も、
人それぞれ、色んな環境 + 人との関わり合いのなかで生活をしています。
特に家族、なかでも親との関わり合いは
勇気をもって話したのに全然相手にしてもらえなかったり、
余計に親の価値観を押し付けられたりで
『結局なに言っても無駄じゃん…!(・`ω´・)』みたいな気持ちになる時ってありますね。
「もういい!何も話さない!」と啖呵切ってみたはいいものの
余計にお先真っ暗になって、1人になってから部屋で声ださずにめちゃ泣いたり、
自己嫌悪になって、 もういい! なんて全然思える状況じゃなくなったり…。
わたし自身そういう状況が たくさんありました(笑)
人は鏡 ってよく言うけど、
親もまた鏡であって、子供も親の鏡なんですよね。
人からの批判や評価を必要以上に気にする人は多いと思います。
そうです。
わたしのことです(。・`ω・)+ ドヤア(笑)
まぁ、徐々にゆるんでいるとは思いますけどね(。・`ω・)+ ドヤア(再。
人のことばに一喜一憂しまくって、
誰かに自分の思ったアレコレを判断してもらいたくなる。
正解なのか不正解なのか…。常識なのか非常識なのか…。等など気になってしまう。
だって、誰かの望んだとおりに動かないと
『自分なんか愛されない。必要とされない。』 (´;ω;`)
ってほうを信じてる。
『そっちじゃねええww』ってツッコミがバンバンくるほど、
今まで教え込まれたことや言われたことのほうを頑なに信じている(笑)
自分の心じゃなくて、頭のなかの【自分なんか○○】(信念)を信じている。
無意識に。とんでもなく。すさまじく。
そして、判断を委ねている【自分なんか○○】が濃すぎると、
【自分のことを信じていない自分】に気づかせるため
<誰か>や<ナニカ>が、これまた強烈な鏡となって自分へ戻ってくる。
わたしにとってこの強烈な鏡こそが 親 です。
『認めてもらいたい…わかってほしい…ちゃんと自分をみてほしい』
これは親に向けられているようで、
自分へ向かっています。
親に対して言葉にならないググググって込み上げてくるナニカがある時は、
自分の信念に触れられている時だと思う。
『あんた!ココ弱いやろ?w わかってるでー♡
コチョコチョコチョコチョww』 *1アヒャヒャww
なんて親は微塵も思って言っていないだろうけど、
ナニカに遭遇した時そうイメージをすると笑えてくるからおすすめです(笑)
親も同じタイミングで子供から信念に触れられている。
だから信念合戦がヒートアップする。
無駄じゃないけど意味はないw
なので、そうなりそうになったら陣地に戻る。
ひきこもりの部屋ってことじゃなくて、自分の心の陣地に。
なにがトリガーになって感情が動いたのかを確認するため φ(・ω・ )
そしたら結局、
『居ないみたいに扱われて悲しい』とか『どうでもいいと思ってる』とか。
信念に沿った不満がでてきてるのに気づく。
そこですかさず
『おおおお! そう思ってることに気づいてすごいやん!わたし!(*´д`*)ウハァ
てことはやっぱり、不要な信念のほうを信じてたんだな。 そっかそっかw
んじゃゆっくり手放してどんどん楽になっていこう(*´ω`*)ノ 肩ぽんぽん☆』
的な具合に自分を優しく包む。
あんまんとかパンケーキとか比じゃないぐらいめっちゃ優しくふんわり。
そうすると、親に勝手に感謝し始める。
言われた事に対してじゃなくて、
『不要な信念があるよ』って全力でコチョコチョして教えてくれていることに。
1年前のわたしはそんなこと思うのも無理だった。 悲劇のヒロインだった。
『誰もわかってくれない~~~~ ・゜・(つД`)・゜・ 』って必死だったから(笑)
でも今はかなーり変化した。
気づかせてもらって自分で確認する。 これを繰り返している。
めちゃんこ大事なとこだから、時間をかけていいって自分を許している。
急がばまわれでいいって今の自分を信じている。
あなたはわたし。わたしはあなた。
今日も鏡となって気づかせてくれてありがとう。
誰かやナニカにコチョコチョされたら、
一緒に要らない荷物を降ろして楽になっていきまっしょい(*´ω`*)ノ☆
最後まで読んでくれてありがとうございます! またお会いしましょうv
あなたに愛と感謝を☆
*1:└(:D」┌)┘