前回のつづき。
まだ見てない方はこちらの大会からどうぞ。
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何故か工具箱から発見された謎の包丁。
祖母に尋ねると、どうやら曾祖母が使っていた包丁らしい。
母が使っていた包丁を手に取り、
感慨深く、ほんの少し寂しげに包丁を見つめる祖母の顔。
リアルなうちの昔ばなしが目の前に光るなか、父が、
「ちょっと研いでみるか。」
と言いながら腰をあげると同時にこちらを見て、
「やってみる?」
と誘ってきた。
自分が本来持つ好奇心に氣づいたことを、父もまた氣づいている。
「うん。」
竈の火を調整しながら好奇心とともに返事をし、
筍の片付けもしつつ次の大会へ向けて準備をはじめる。
先に荒砥石で包丁の形を整えていた父の横にスタンバイし、大会はスタート。
曾祖母の包丁は父が。
いつの間にか参戦が決まり待機していた祖母の包丁は私が。
というプログラムに決まった。
曾祖母の包丁が中砥石と交わる頃にはすでに小雨も強くなってかなり冷え込んできた。
が、 "夢中" という状態はおそろしく、
キリがつくまで動きたくないのは父もわたしも一緒。
冷たい雨のなかという謎の修行モードが重なるなか、大会のボルテージもMAX。
力の使い方、砥石との角度、鎬を削る意味などを、
砥石と同じく濡れながら知ることになるとは思わなかったが、
これも大会の醍醐味だろう。
しかし、仕上砥石が出てきた頃には、
このあとに控える自分の根氣勝負を想像して思わず遠い目になりそうだった。
が、ここでやめては濡れながら観察した甲斐がない。
というよりは、『やらないとすぐ忘れる』ことが目に見えていたので、やると決めた。
そばに生えていた葉っぱを砥石にのせ、スーッと腕をひく父。
葉っぱは真っ二つ。
工具箱で眠っていた謎の包丁は、曾祖母が大切に使っていた包丁へと見事に蘇った。
さて、次はわたしの番。
これ以上、頭と身体を冷やす必要はないと踏み、作業台を屋根の下へもっていく。
引っかかりのない刃先の感触を親指の腹で覚えてから、
見様見真似で荒砥石を使いジャリジャリジャリジャリと研いでいく。
切れない包丁になってしまっては申し訳ないと砥石の上で小さく研いでいたが、
「大きく動かしたほうがいいよ。」
と、父にあっさり心の震えを見抜かれ、観念してそれらしく動かして研ぐ。
あらかた形を整え、おずおずと中砥石に取り替えたあとも根氣強く研いでいく。
刃先から切っ先までジッと睨み、砥石と向き合う姿はまさに職人。
だが、間違ってはいけない。
この職人は、とりあえず睨んでいるだけである。
とりあえず睨む。という職人わざを見事に披露している。
しかしまァ、人間不思議なもので、
何度も何度もとりあえず睨み、何度も何度も当てずっぽうで包丁を滑らしていると、
研げた刃先の感触と重なる瞬間が出現する。
『おや。さっきより刃に引っかかりが出来てきたのでは?』
その瞬間を待っていたかのように、
父は何も言わずにさっとわたしの近くにきて刃先を触り、
「ここらへんはよく研げているね。この辺りの感触を覚えておくといいよ。
それを刃先全体に広げていく感じで。」
と、エスパー並のタイミングと的確なアドバイスだけを置いて去っていく。
内心は知りようもないが、ただただ子どもを信頼し、
今わたしが必要としている情報だけを渡す父。
親ならそんなこと当たり前だと言う人もいるかもしれないが、
子どもからすればこんなスマートで見事な職人技なんてないと感じる。
そんな瞬間に感じる愛は凄まじい。
刃先からバリがとれる度に親指の腹で感触を確かめる。
『だいぶ仕上がってきたんじゃない?』
と思うまで、どれだけ時間をかけたかはわからないが父に確認してもらう。
「うん。ちゃんと研げているね。いいと思う。あとは仕上砥石で…」
というような事を言われたはずだが覚えていない。
"研げている" という言葉を聞いた途端、嬉しくなってほぼほぼ忘れたらしい。笑
やる前はあれだけ遠い目になりそうだったのに、我ながら調子がいい。
そこが自分の可愛いところでもあるのだが、
"父の言葉" としてしっかり残したかったと今になって少し悔やむのも、
また子どもならではだろうか。
切れない包丁になったらどうしようと不安でスタートしたのも束の間、
中砥石に変えた頃には、
『この包丁で、より美味しい食を楽しんでほしい。』
という氣持ちで研いでいたし、
最終的には筍同様、包丁と会話して仕上げ終わるタイミングも計るほどだった。
ただ睨むだけだった職人は、
ほんの少しだが包丁の氣持ちと愛がわかる職人になった。
曾祖母がくれた素晴らしいチャンスにも感謝。
ひいばあちゃん、ありがとうね。
2つの大会は無事に閉幕。
今度はどんなチャンスがやってくるかな。
楽しみに待ちたい。