15歳半の同居猫にてんかんの症状が出始めてちょうど1ヵ月。
4回出た発作は全て10秒ほど。
硬直するような発作が2月に2回。
3月に1回、そしてバタンバタンと大きく動く発作が1回。
今月に入ってから発作の起きる間隔が狭く、そしてひどくなってしまった。
フェノバールという人間にも使われるてんかんの薬を1日1/4ずつ与えていたけど、薬のコントロールができていないということで、今月10日の受診から1日1/4を2回与えることになった。発作が長引いたときの緊急時の座薬も1つ追加で…。
元々の薬の量が少なかったのかもしれない。けど、わたしの与え方がよくないであろうことも必ずあった。
…
わたしは学生のとき、動物看護士(師の時代ではない)の資格をとろうと2年制の専門学校へ行っていた。なんて書くと大変体裁がよろしいけど、本当のところは家から出れるなら何でもよかった。そして自分がやりたいこともさっぱりわからず、頭もよくない。
そんなどうしようもない岐路において、入学の試験もなく、動物が好きだったわたしは「とりあえず」でそうしたのだ。
〈好きと仕事は違う〉で案の定、わたしは動物看護士には向いていないと半年後には悟ったし、うつ症状がだんだん強くなるなか怒られるのが怖すぎて実習へも行かず、最後の3学期は不登校になり、ほぼ何も得ずに卒業した。
実家へ戻ったのち、先代猫の介護や今の同居猫を迎え入れるにあたって読んだり試したりしたことのほうが学校での勉強よりよほど為になったが、爪切りも猫の命に関わる植物(特にユリ)も、何もできない・知らない卒業生だったのだとようやく気づいた。
…
「彼女は動物看護士の学校を卒業してる」
周りの期待はゼロではないと思う。
そしていま、2回目の本格的な猫の介護に突入してる。
あるのかないのかわからない期待とは裏腹に、猫へうまく薬を飲ませることができないわたしがいる。
先代猫のときにはなかった投薬。
特に、てんかんの薬は体内の血中濃度を一定に保つ必要があるので、やったりやらなかったりは更なる発作を誘発してしまう。
てんかんより先にわかった腎臓の機能低下。サポートする薬を与える際、動画等で情報やコツを頭に入れて何回か試した結果、全て成功!
「できた!これならいける!」と思った矢先、なぜか全くできなくなってしまった。
「諦めるな!大丈夫!できる!練習あるのみ!」と自分へ言い聞かしてやったが、まるきりできなくなった挙句、指を怪我した。
本当に、本当に情けないが、投薬を想像するだけで怖くなって動悸がするようになった。それが猫にも伝わって事態は余計におかしくなってしまう。
ウェットフードが苦手な同居猫。
カリカリご飯に混ぜて一緒に食べられればラッキー☆ぐらいの腎臓の薬と違い、てんかんの薬はしっかりしたコントロールが必要だ。
1/4錠を粉状にしてご飯にふりかけたものを有難いことに猫は食べてくれた。
でも、こちらが思う時間通りには全くいかない。
腸の疾患もあり元々10回ぐらいに小分けして与えるスタイルなので、早め早めに薬を準備し「だいたいこの時間に」と狙ってご飯を出すことはあったが、全然食べてくれないときもあってズレてしまう。
今月に入り発作が多く激しくなったのも納得なのだ。
「今食べてほしいのに、ぜんぜん食べてくれない…;;」
薬をあげる手立てが食事しかない自分の非力さを嘆きながら絶望して涙もでた。
大空へ向かって「いま風よ吹け!」「なぜ吹かないんだ!;」と疲弊してる滑稽さ。
世間ではトロリとしたおやつが好きな子も多く、それで薬を飲める子もいるらしい。
が、同居猫は好きではないし、食に貪欲でもない。…参った。
ダメ元のダメ元で、仕事前の母に頼んでトロリとしたおやつを買ってきてもらった。
案の定、口元に差し出しても時間をかけて2回ぐらいペロっと舐めてあとは拒否。
先代猫の受診シーンが浮かぶ、彼もウェットフードは食べない主義だった。
慢性腎臓病の悪化で食事が摂れなくなったとき、獣医師さんが横の歯茎にウェットフードの退院食を押し当てるようにを与えた。そしたら、なんと食べたのだ。
生死の境目で生が発動したからこその奇跡だったのかもしれない。
が奇跡を目撃してる身としては、ダメ元のダメ元のダメ元であっても、ほかに手立てがないなら…と、同居猫にもやってみることにした。
15年前に見た獣医師さんの見事な手さばきを頭の中で思い出し、同じようにやってみたけど失敗した。何回も何回も何回も失敗した。
怖い思いをさせてしまっている同居猫に「ごめんね;」を繰り返し、「もっと投薬が上手な人だったら…;」と悔しくて涙がでるのに、同居猫は部屋の隅などには逃げず、なぜかずっと近くにいてちょっとしてから頭をスリっと当てにくる。
「あなたは本当に優しいね…」
健気で強い姿に背中を押され、諦めずに続けてみようと思った。
最近買ったちょっと大きめのベッドに「ふぅ。。」となってるところを狙って、歯茎に薬を混ぜたおやつをペチャリ。
慌ててベッドから逃げ出し、口をくちゃくちゃさせてる。
申し訳ない気持ちと同時に「いけたかも?」と見守る。
5分後、ベッドに飛ばされた薬おやつの残骸を見つけたけど、さっきの要領で少しボーっとしてるときに歯茎へ塗布。
「いけたかも」
今度は確信に変わった。
次、成功するかなんてわからない。
時間と量がズレてしまったので薬を飲んでも発作は起きるかもしれない。
けど、食事以外で薬を与えられる選択肢を広げられた安堵があった。
自分の不器用さ非力さで命を壊してしまうんじゃないか?奪ってしまうんじゃないか?失うのではないか?毎日毎瞬、綱渡りをしている気分だったなかの微かな光。
これが最善だと言い切る勇気なんてないけど、ほんの少しだけ希望がわいた。
「一緒に頑張ってくれてありがとう」
「あなたと一緒にいま人生を歩けて幸せだよ」
毎日伝えてる言葉を、今日はとくに強く伝えたい。
同居猫の時間がくるまで、できることを探し続けて一緒に歩いていこうと思う。
