~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

人は勝手に学んでいく

生きてると色々なことを学ぶけど、その1つはきっと「諦める」だと思う。

 

「正解」を教わって、がむしゃらにそのとおりにして、これで大丈夫だと言い聞かせるのが1段階目。

 

「正解」を続けることにだんだん疲れてきて、思ったとおりにならない現実に腹を立てて、無力さを感じて自分を責めたり嘆いたりするのが2段階目。

 

「正解」はあるのかもしれない。

でも、頑張ってもどうしようもないときってあるのだと受け入れて、自分に合っていない不自然な正解をやめて、自分に合った正解に落ち着くのが3段階目。

 

コントロールできることばかりじゃないのが人生の常。

とくに人間の頭の計算なんて自分の体験から基づく予測でしかない。

 

頭は確信をもって偉そうに言う。

「あーなって、こーなって、そうなったら幸せなんだよ!」って。

 

それも幸せの1つかもしれない。

 

でも、所詮、頭が思いついた限りの幸せの1つでしかない。

 

1つの「正解」を頑なに握りしめて作った幸せより、

幸せの観方を数多く創り上げたほうが、心は満たされて幸せになる。

 

なぜ1つの「正解」を目指すのか? → そうなったら安心するはずだから。

1つの「正解」だけが幸せじゃないと気づくとどうなるか? → 安心する。

 

その過程に「正解を諦める」「絶対を諦める」「普通を諦める」とかが出てくる。

思い通りにならない無力感を味わうことは、1つの「正解」からの卒業の過程。

 

卒業すると、「これでもいい」「それでもいい」「あれでもいい」「どれでもいい」と視野を広くもって力まずに生きられる。

 

「正解」からはみ出してる人を見ても、「うまくやってるな」と思える。

 

人生の学ぶ季節に応じて人は勝手に学んでいく。

「今それがわからない、今それができない、今どうしようもない。」季節だってある。

その季節があるから、次の季節がやってくる。

 

10年後のわたしは、別の季節を歩んでる。

 

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