今ちょうど近所で建築中の場所があるんだけど、そこで働く現場の人たちが今日はたくさん来てた。
朝、玄関チャイムが鳴って母が出たところ「車を入れるスペースを貸してください。」とのことで、「いいですよ。」とは言ったものの、まぁ半分仕方なくOKした感じだった。
だって貸さなきゃいけない理由はそもそもないし、さらにわたしの車は動かせなくなるから内心は『えー』なわけ。言葉を選ばずに言えば正直、邪魔でしかない。
じゃぁそもそも貸さなければよかったじゃんというのは少し置いておいて、今回この件でまた自分を発見できたんだよね。
発見できた発端は「ありがとうございました。」が一言もなかったこと…!
最初はね、そこにすごくイライラしたの。『貸してって言ったのにありがとうもない!』とか『礼儀知らず!』とか。もうイライラ盛りだくさん。笑
その後は、イライラはイライラとして感じ切りつつ、原因を相手から自分へ移していく作業をしたよ。(この時に自分を責めたりしないようにしてる)
自分の頭の『こうあるべき!』が炸裂してることや、少しであっても『自分が我慢をしてた』こと。1つ1つ原因を見つけてはいったんだけど、どうしてもモヤモヤが晴れなかったの。
『うーん…』ってなりながらもさらに自分の内側を感じていったら『ん?もしかして馬鹿にされたって感じた?』に辿り着いたとき気づきが起こった。
自分の頭のなかのルール(礼儀、常識、こうあるべき!)云々より、わたしの場合は、
【ありがとうを言われなかった!=ぞんざいに扱われた!】気がしたから余計にイライラしてたんだ!って気づいた。
そしてもっと自分の内側に入っていった結果、『自分が自分を馬鹿にしてるからだー!w』というおったまげーな事実に着地したときにモヤモヤが消えて笑えてきた。
誰でもない自分が自分のことをぞんざいに扱って蔑ろにしてる部分があるから、変な見返りを求めたり、それがなかったときに悲しくなってイライラしたりしてるんだわ。ってわかったら『あー、それやめていこうw』って素直に思えたし、イライラも消えて安心したんだよね。
面白くない?自分の悲劇のヒロインっぷりや被害者意識を『自分が創り出せるんだ』って、生み出すことができるんだって、創造主の視点に立って逆に思いっきり安心してるとこ。笑
自分が生み出してるものがイヤだったら『やめる』って選択する力が自分にはある。そのことに気づくって本当にデカい。
罪悪感や無価値観にまみれて生きてきた人にはこの選択が見えてないだけなんだけど、自分を侮っちゃいけないなーってこうやって実体験を伴いながら自分で思うよ。
すごくイライラした出来事だったけど、すごく面白い結果に変えられて嬉しかった。
感じたくない感情もしっかり感じて自分発見器に変えていけると楽しいね。
自分をもっと安心させていくぞ~。
