~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

子どもの頃に感じた違和感

先日、母と雑談をしていた時に母がたまたま興味深いことを言ってくれた。

 

話の内容は『子どもの頃に、この世界(社会)のなかで何かおかしいと感じたことがあるかないか。あるなら何歳ぐらいか。』っていう、さすがわたしが話し相手なことだけある内容だったんだけど(笑)母がふと思い出したように話をしてくれた。

 

「あのほら、猿から人間へ進化していくような絵があるじゃない。あれは見たときにすぐおかしいと思ったね。 "そんなわけないじゃん" って。あと、もっとおかしいなって感じたのは、元々は魚で陸にあがって哺乳類になって~みたいな話。 "お玉杓子じゃないんだからさ…" って思ったよ。」

 

とのことで、別に何の根拠もないけど授業で教わったときに違和感をもったらしい。

 

わたしも授業で宇宙や歴史を教わったときに、『実際に見たわけでもないのに、何でこれを絶対的な正解だって先生は言えるの?なんで?おかしくない?』って、猛烈に違和感を感じた記憶があるんだよね。小学6年生ぐらいだったかな。

 

母とわたしは正反対ぐらいに心の状態が違うんだけど、子どもの頃に "なんとなく" 違和感を感じた体験があったのは同じだったみたい。

 

子どもの頃に感じる違和感って個人的にかなり大事だと思ってるんだよね。理屈じゃない、感覚的な『おかしさ』って自然体だからこそ素直に感じられるって思っててさ。

 

その後は結局、誰かの【正解】で統一させられるわけだけど、自分が感じた違和感は残念ながらそんな薄っぺらい正解の上塗りじゃ消せないし消えないのよね。実際に感じたからこその引っかかりがずっと残って在り続ける。

 

きっとなんだけど、そういう引っかかりがある人ってけっこう多いと思うんだよね。

表向きは合わせないといけないからって自分の違和感を消してきたけど、ここらで思い出してきてる人も実は多いんじゃないかなって思ってる。この記事を見てる人は特にそうかもね。

 

『そういえば、あの時に "なんかおかしい" と感じたんだよなァ…』的な記憶がある人は、その違和感を感じられた時の自分を今一度大切に留めておいてほしいな~って思う。

 

『どうせそんなのは自分の勘違いだし、自分が間違ってるわけで…。』みたいには考えず、『あのときはそう感じている自分が確かにいたな』って、ただ思っていてもらいたい。

そうするだけで不思議と自分が望む新しい視点も自然と視界に入ってくるからさ。おすすめだよ。

 

違和感を感じるポイントって人それぞれ違うし、自分だけの体験で自分だけの感覚のはずなんだけど、その感覚を同じように感じている人がなぜか必ずいることを心のどこかでは知っている不思議。…とか言うと、『は?』ってなっちゃう人もいるだろうけど、わたしは感覚的にそう感じてるんだよね。"なんとなく" なんだけどさ。笑

 

なんだかふわふわした話になっちゃったけど、違和感の話だからしょうがないね。笑

まァそんなわけで、また何かシェアできそうな面白い感覚の話があったら書くよ。

ではまたね。

 

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