~ゆるふ らいふ~

緩んでホッとして我に還っていくわたしの記録

糸さえ通せれば

「できた~!!

 表は変な風になって人には見せられない仕上がりだけど、7~8年ぶりに縫えた!!

 本当に嬉しかった~!嬉しくて涙が出た。

 ユキさんのおかげだったよ。ありがとう。」

 

用事やお願いの件ではない祖母の電話は久しぶりだった。

 

90歳近い祖母が、

いつもより声高らかにまるで少女のように喜んで裁縫の結果を報告してくれた。

 

6月の中旬、一緒に買い物をしていた時、

少し目を離した隙に店員さんへ何かを聞いている祖母の姿からそれは始まった。

 

「あ、すみません。

 どうしたの?祖母ちゃん。何か捜し物?」

 

祖母の話を手を止めて聞いてくれている店員さんに一言伝えつつ尋ねたところ、

 

「針に糸を通す "糸通し" をお探しのようです。

 こちらでは取り扱っていないので、

 100均などにあるかも知れませんとお伝えしていたところでした。」

 

そう、にこやかに店員さんは答えてくれた。

 

「そうだったんですね。ありがとうございます。

 祖母ちゃん、糸通しはわたしがもっているから家に帰ったら渡すよ。大丈夫。」

 

店員さんに御礼を伝え、祖母を安心させて無事にその店での買い物は終了した。

 

忘れてはいけないと、帰ってから例の糸通しをもって祖母宅へ行った。

 

糸通しなしでもたくさんの糸を針に通してあらゆる裁縫をしてきた祖母は、

針に糸が通せないことで何も縫えなくなってしまったことを悔しがっていた。

 

『糸さえ通せれば…』

 

その想いが伝わってきた。

 

糸通しの使い方を実際に見せ、祖母も頑張ってやってみたが無理だった。

歳と眼鏡の具合もあり、糸通しの菱形の部分に糸を通すことすらも困難だったのだ。

 

ならばと思い、

 

「針に糸だけは通しておくから、気が向いた時に縫ってみたら?

 糸は白色でいいの?

 玉結びは自分でできそう?」

 

などと言い、針に糸が通った状態で針山にスタンバイさせておくことにした。

 

そう言いながらも、正直、わたしは揺れていた。

 

ただ縫うだけだったらわたしがやれないこともないのだから、

目の前で困っている祖母の代わりに縫ってあげたらいいのに。

そんな頭の考えも同時によぎっていたからだ。

 

でも、その瞬間のわたしは心に従った。

どうしてもやりたいと思えなかったのだ。

だから一言だけ添えた。

 

「もし無理だったらまた教えて。

 その時はわたしなり母なりが簡単かもしれないけれど縫ってみるから。」

 

うんうんと頷きながら、

祖母は針に通った糸を左右同じ長さに整え、

8の字を描くように針のまわりへと巻き取っていく。

 

裁縫の時間で習ったか母から教わったか、

これだと糸が絡まらないのだと孫のわたしにも教えてくれた。

 

その後、1週間か2週間ほどした時に祖母へと聞いてみた。

 

「どう?あれから縫えた?」

 

「針に糸が通せなくてねぇ。」

 

「ん?

 この前、糸が通った針を準備して針山に刺したよね?」

 

「あら?そうだったっけね?じゃぁ、やってみようかな。」

 

とまあ、こんな具合でまだらに記憶は消えるし、

そのあとに服を買いに行ったりしたので忘れたのか諦めたのかは結局わからなかった。

 

そうしたら今日、まさかの感動的な電話。

わたしのなかでは急展開とも言えることだった。

 

祖母は再び自分でできたことがよほど嬉しかったのだと思う。

何か喜ばしいことがあったとしても表立って誰かに伝えるような人ではないから、

余計にその喜びが伝わってきてわたしももれなく涙が出た。

 

「じいちゃんが見たら呆れるかもしれない仕上がりだけどね。」

 

6年ほど前に亡くなった旦那はいつだって祖母ちゃんの話に登場する。

 

「できるかな?どうかな?ってことを、やってみただけでもうすごいことだよ。

 針に糸が通せなくても、手や體は覚えているんだね。

 

 50本でも100本でも、また必要なら針に糸を通すからいつでも言って。笑

 いい思い出ができたね。わたしも嬉しくて涙が出たよ。よかったね。おめでとう。」

 

2人で喜び、2人で泣きながら喋った。

 

やってみたいことを諦めないこと。

自分で自分を諦めないこと。

 

結局それらが巡り巡って、他人をも信じて諦めないことになるのだろう。

もちろん、コントロールがかかった執着や期待とはちがう【信頼】という意味だ。

 

今回のタイミングも全てが完璧すぎてぐうの音も出ない。

今のわたしに必要なメッセージをこんなにも粋なかたちで届けてもらったことに、

感謝しかない。ありがとう。

 

この体験は、ずっとずっとわたしのなかで反芻されることだろう。

祖母の喜びと幸せに満ちたあの声とともに。

 

 

f:id:funfunhappiness:20200710173858j:plain