ひきこもり369

カウンセリングや薬を使わず、心のひきこもりから脱していくわたしの記録

気づいていない『できている』

両親が1泊2日の旅行から帰ってきた。

 

旅行といってもお墓参りがてら母の実家に行っただけだが、

年老いた身内に末期ガンの身内、思うところはたくさんあるだろう。

 

わたしなりに思うところもあるのだが、両親の旅行中わたしは家にいた。

昨年は一緒に行き、小さい頃によく連れて行ってもらった海にも兄と行けた。

今年は… 行けなかった。いや、行かないと決めた。

 

愛猫の体調が気にかかることもあるが、何より自分の気分の変動が気がかりだった。

自分でも思わぬところで感情が爆発しそうになることがたまにあるので、

出先でそんなことがあったらどうしようかと不安になってしまった。

 

『感情が動くのは誰にでもある』というか当たり前のことだが、

今のわたしの状態は一味違って、

乱高下という言葉がしっくりくるぐらい極端なのだ。

 

自分でも『え?なんでそんなことでこんなに怒りが?悲しみが?』と、

なるぐらい翻弄されてしまう時がある。

『気にしなくていいことだ』『問題ない』と普段から思っていることなのに、

身体(頭)のコントロールができず瞬間にして衝動的になる。

 

うつ状態の時には深い疼きでおさまっていたとすれば、今回は爆発する感じ。

 

この衝動的になった自分を1度体験してしまってから、余計に自信がなくなった。

けど、それもただの一時的な状態なので ”問題” にはしていない。

むしろ『しょうがない、だってそうなんだもんな。笑』と思うようにしてる。

 

色々できてた時がキラキラしているように見える時もめっちゃあるけれど、

『前だったらココで罪悪感すごかったはず』『今はそれがさほどない』

ということは?

『すごい!!!できてる!!!』

 

と何でもかんでもひっくり返すのが自分なりに考えを転換させる秘訣。

それを生きるために本気でやっている。

手を抜いて自分を懲らしめようものなら取り返しがつかないのだ。

だから、真剣に自分と向き合う。

 

両親がいない時間はほんの1日程度のものだが、

そのあいだの1人の時間を大事にしまくった。

親が居るときの自分、居ないときの自分、どちらも自分らしく在れているか?

丁寧に拾っていった。

 

結果、どちらの自分も問題なく素晴らしかった。

よくここまで考え方を変えてくることができたね。と素直に褒めた。

 

自分でも何が言いたいか実はよくまとまっていないのだけれど、

ひきこもり中って大きな行事とかに参加できないと『できない』に目が行きがち。

でも反対側のことだって必ずある。

気づいていない『できている』が絶対にあるのを見過ごさないこと。

 

何度も似たような体験を重ねてはいるけれど、毎回味わう感覚が違う。

自分が毎瞬違ってきているのだから当たり前なのだろうけれど面白い体験だ。

 

…と、日付が変わったのでそろそろ休もうかな。

明日、両親が持ち帰った饅頭食べるぞっ。(夕飯を食べすぎて入らなかった)

みんなも残暑厳しいけれど身体に気をつけてね。おやすみ。

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